半導体工場にとって、最も恐ろしい事故のひとつが停電です。しかも脅威なのは長時間の停電より、わずか0.1秒に満たない電圧の落ち込みだったりします。

2010年、三重県で起きた瞬時電圧低下では、東芝四日市工場の被害総額が100億円とも200億円とも言われました。原因は落雷です。この記事では、なぜ一瞬の電圧低下が数百億円の損害になるのか、装置に何が起きるのか、そしてどう備えるのかを解説します。

「停電」より怖い、一瞬の電圧低下

まず用語を整理します。現場で混同されやすい3つです。

用語 何が起きるか 時間
瞬低(瞬時電圧低下) 電圧が一時的に下がる(ゼロにはならない) ごく短時間
瞬停(瞬時停電) 供給が一瞬途切れる 数ミリ秒〜数秒
停電 供給が完全に止まる 数分〜数時間以上

問題は瞬低の頻度です。主な原因は落雷で、送電線に雷が落ちると、離れた場所の工場でも電圧が一瞬下がります。電気は復旧しているのに、装置は止まっている——これが瞬低の厄介なところです。

人間には「照明が一瞬ちらついた」程度にしか感じられません。しかし装置にとっては、動作の前提が崩れる事態です。

実際に何が起きたか

事例 被害 復旧
東芝 四日市工場(2010年12月・瞬低) クリーンルームの空調停止が引き金。被害総額100億〜200億円とされる 再稼働に半日、全面回復に数週間〜半年
ルネサス 川尻工場(2022年7月・落雷) 生産設備の約9割が停止。生産中の仕掛品は一部廃棄 元の生産能力に戻るまで6日

注目すべきは復旧までの時間です。電気が戻れば再開できるわけではありません。数百台の装置を、決められた順序で立ち上げ直す必要があり、ここに数日から数週間かかります。

なぜ装置は簡単に止まるのか

「電圧が少し下がったくらいで止まらなければいい」と思うかもしれません。しかし装置側には止まらざるを得ない事情があります。

①中途半端に動き続ける方が危険

半導体装置は、温度・圧力・ガス流量・回転数を厳密に保った状態でしか正しい処理ができません。電圧が不安定なまま処理を続ければ、不良品を作り続けることになります。異常を検知したら安全側に倒して止まる——これは正しい設計です。

②真空と圧力が失われる

成膜やエッチングのチャンバーは真空ポンプで真空を保っています。ポンプが止まれば真空は破れ、大気が入り込みます。チャンバー内は汚染され、再び使えるようになるまで長時間の排気とクリーニングが必要になります。

③クリーンルームの気流が止まる

クリーンルームは、常に清浄な空気を送り込み、内部の気圧を外より高く保つ(陽圧)ことで塵の侵入を防いでいます。空調が止まれば陽圧が失われ、外の空気が流れ込みます。東芝四日市の事例で空調停止が引き金とされたのは、この構造があるためです。

④薬液・ガス・超純水の供給が途絶える

サブファブから供給される超純水や薬液、特殊ガスが止まると、配管内で滞留・固化することがあります。除害装置が止まれば、排ガスを処理できないまま系内に残ります。

止まった装置に残された仕掛品は救えない

停電で最も直接的な損害が、処理途中だったウェハーの廃棄です。工程によって「戻れない」理由が異なります。

工程 途中で止まると
拡散炉・熱処理 設定した温度履歴が崩れる。昇温・降温の速度まで制御しているため、途中の温度で放置された時点で条件が変わる
成膜 膜の途中で止まれば界面ができる。次工程までの制限時間(Qタイム)も超過する
CMP 研磨の途中で止まると、削り量が中途半端になり平坦化をやり直せない
ウェット洗浄 薬液に浸かったまま放置され、過剰にエッチングが進む

半導体の前工程は基本的に一方通行です。「もう一度やり直す」ができない工程が大半で、条件を外れたウェハーは廃棄するしかありません。しかも前工程は数百工程・数か月かかるため、完成間近のウェハーほど失われる価値が大きくなります。

搬送システムが止まれば、ウェハーが装置間の途中で止まることもあります。

どう備えるか|3層で守る

対策 守れる範囲 特徴
受電の二重化 片方の系統が停止しても供給を継続 国内の大型前工程工場では2か所の変電所から受電する構成が採られる
瞬低補償装置 短時間の電圧低下を補う UPSより小型・軽量。停電より頻度の高い瞬低に特化
UPS(無停電電源装置) 電源が切れた瞬間から一定時間を橋渡し 装置の安全停止や制御系の保護に使う
自家発電設備 長時間の停電 大型設備を備える工場もある

すべてを守ることはできない

ここが現実的な話です。工場のすべての装置を無停電化するのは、規模とコストの面で現実的ではありません。半導体工場の消費電力は極めて大きく、装置1台あたりの電力も膨大だからです。

そのため、実務では優先順位をつけて守ります。

  • 止まると危険なもの——排気・除害、ガス検知、非常照明
  • 止まると復旧が極端に遅れるもの——真空ポンプ、炉の温度制御
  • 情報を失うもの——装置の制御系、生産管理システム(どのウェハーがどの状態かの記録)

とくに制御系の保護は重要です。装置が「今どういう状態か」を見失うと、復旧時に一台ずつ状態を確認して初期化する作業が必要になり、これが復旧時間を大きく押し上げます。

補償装置にも限界がある

瞬低補償装置を入れていても、その能力を超える電圧低下が起きれば機能しません。想定を超える事象は起こり得るという前提で、「完全に防ぐ」ではなく「被害を減らし、早く戻す」という設計思想が必要になります。

止め方と、戻し方

装置設計の観点では、「止まらないこと」より「どう止まるか」が重要です。電源が失われる瞬間、装置には次の動作が求められます。

  1. ガスと薬液を止める——供給が続くと危険な状態になり得る
  2. 真空を保つ——バルブを閉じ、大気の逆流を防ぐ
  3. ウェハーを安全な位置に置く——搬送の途中で落とさない
  4. 状態を記録する——どこまで処理したかを残し、復旧の判断材料にする

そして復旧時は、順序が決まっています。ユーティリティ(電力・純水・ガス・排気)が安定してから装置を立ち上げ、真空を引き直し、温度を上げ、テストウェハーで状態を確認してから量産を再開します。この確認工程を省略できないことが、復旧に数日かかる理由です。

✍️ ひとこと

調べていて印象に残ったのは、装置が止まるのは「正しい挙動」だという考え方です。中途半端に動き続ける方が危ないから止まる。問われるのは止まらないことではなく、安全に止まり、早く戻れることでした。

止まり方と戻り方まで設計しておくこと。目に見えない一瞬の電圧低下に向き合う工夫が、工場を守っています。

— semisouchi.com 編集室

よくある質問

Q. 瞬低はどれくらいの頻度で起きますか?

落雷が主な原因のため、雷の多い時期・地域で頻度が上がります。完全な停電よりはるかに発生しやすく、だからこそ専用の補償装置が製品として存在します。

Q. UPSを全装置に付ければ解決しませんか?

現実的ではありません。半導体装置の消費電力は大きく、工場全体を無停電化する設備規模とコストが見合わないためです。実務では、排気・除害、真空、制御系など優先度の高いものから守ります。

Q. 停電が終われば、すぐ生産を再開できますか?

できません。ユーティリティの安定 → 装置の立ち上げ → 状態確認 → テストという順序が必要です。実例では、電力復旧後も生産能力が元に戻るまで数日から数週間を要しています。

Q. 処理中だったウェハーは救えないのですか?

工程によりますが、多くは廃棄になります。半導体の前工程は温度履歴や処理時間まで管理されており、途中で条件が崩れたウェハーは規格を満たせません。

Q. 装置メーカー側でできる対策はありますか?

あります。電源断時に安全な状態へ移行するシーケンスの作り込み、状態の保存、復旧手順の自動化などです。「止まらない装置」を作るのではなく、「安全に止まり、早く戻れる装置」を作ることが現実的な解になります。

まとめ

  • 半導体工場では、長時間の停電より頻度の高い「瞬低」が現実的な脅威。主因は落雷
  • 東芝四日市工場の瞬低(2010年)は被害100〜200億円、全面回復に数週間〜半年を要した
  • 装置が止まるのは正しい挙動。中途半端に動き続ける方が危険だから
  • 失われるのは真空・陽圧・温度履歴・供給。処理途中のウェハーは戻せず廃棄になる
  • 対策は受電二重化・瞬低補償装置・UPS・自家発電の多層。ただし全装置の無停電化は非現実的
  • 装置設計の要点は「止まらない」ではなく「安全に止まり、早く戻る」

工場を支えるユーティリティ全体の構造はサブファブとは、装置の全体像は半導体製造装置とはで解説しています。

参考・出典