半導体の露光装置といえばASML、という認識が定着しています。EUVを作れるのは世界でASML1社だけですから、当然の話ではあります。

ではキヤノンは撤退したのか——というと、まったく違います。i線露光装置では台数シェア約8割。AI半導体の先端パッケージング向けでは100×100mmという超広画角の装置を出し、さらに「光を使わない」ナノインプリントで微細化の本丸に別ルートから挑んでいます。

本記事では、最先端から外れたはずのキヤノンが、なぜ半導体装置で存在感を保ち続けているのかを、3つの領域に分けて整理します。

キヤノンと半導体装置

項目 内容
社名 キヤノン株式会社(東証プライム: 7751)
半導体向け製品 i線・KrF・ArF露光装置/後工程(先端パッケージング)向け露光装置/ナノインプリント装置
i線露光装置の台数シェア 約8割
KrF露光装置の台数シェア 3割弱(ASMLが台数ベースで5割超)
EUV 参入していない(ASMLの独占領域)
グループ会社 キヤノンアネルバ(スパッタリング装置)/キヤノンマシナリー(ダイボンダ)

「露光装置のキヤノン」という捉え方では不十分で、グループとして前工程・後工程の両方に製品を持つのが実態です。

かつて世界を主導し、EUVで逆転された

1980年代から1990年代にかけて、露光装置で世界を主導していたのはニコンとキヤノンでした。日本勢が高いシェアを持っていた時代です。

流れを変えたのがEUVへの移行でした。波長13.5nmという極端紫外線は、レンズを透過しません。すべてを反射光学系で組み直し、真空中で動かし、光源にはスズのプラズマを使う——それまでの露光装置とは別物になりました。

ASMLはこの一点に長期間の開発資源を集中させ、先行しました。既存技術での順位が、次世代では通用しなかった典型例です(工程別シェアの記事でも触れています)。

現在、ニコンは成熟世代のArF装置に軸足を置き、キヤノンは後述する別方式を追求しています。同じ「逆転された側」でも、2社の取った道は違います。

いまキヤノンが強い3つの領域

① i線露光装置 — 台数シェア約8割

i線(波長365nm)は、水銀ランプの輝線を使う最も古い世代の露光技術です。最先端には使えません。

しかし半導体のすべてが最先端である必要はありません。パワー半導体、アナログIC、センサー、MEMS——数µm〜サブµmの線幅で十分な製品は膨大にあり、そこではi線が現役です。装置も安く、維持費も安い。

この領域でキヤノンは台数シェア約8割を持っています。「最先端ではない」ことと「市場がない」ことはまったく別だという事実が、この数字に表れています。

② 先端パッケージング向け — 100×100mmの超広画角

ここがいちばん意外かもしれません。生成AIを支える先端パッケージング向けの露光装置市場で、キヤノンは非常に強い位置にあります。

AI半導体は、複数のチップを1つのパッケージに並べて繋ぐ構造(2.5D・3D実装)を取ります。その土台となるインターポーザや再配線層にも、回路を焼く工程が必要です。チップを縦に貫くTSVとあわせて、実装側にも微細加工が要る時代になりました。

ただし前工程の露光装置とは要求が逆になります。

前工程の露光 先端パッケージングの露光
求められるもの とにかく細く とにかく広く
線幅 数nm サブµm〜数µm
1回に焼く面積 26×33mm 100×100mm(繋ぎ露光)

チップが大型化・多チップ化するほど、「1回でどれだけ広い面積を焼けるか」が効いてきます。キヤノンのFPA-5520iVシリーズはここを押さえています。

  • 2016年 FPA-5520iV発売。52×68mmの広画角、解像力1.5µm
  • 2021年 LFオプション。先端パッケージングの大型化・高密度配線化に対応
  • 2022年 新型機。歪曲収差を従来比4分の1以下に改善した新投影光学系で解像力0.8µm、繋ぎ露光により100×100mmの超広画角
  • 2023年 LF2オプション。2.5次元・3次元実装に対応

「最先端の微細化」ではなく「最先端の実装」で勝負している——これが現在のキヤノンの立ち位置です。後工程の装置勢力図は後工程装置メーカー一覧で整理しています。

③ ナノインプリント — 光を使わない別ルート

そして微細化の本丸に、まったく違う方法で挑んでいるのがナノインプリントリソグラフィ(NIL)です。次章で詳しく見ます。

ナノインプリントとは — ハンコで回路を刻む

キヤノンの公式説明はこうです。

「ウエハー上のレジストに回路パターンを刻み込んだマスク(型)をハンコのように押し付けて回路パターンを形成」

光で焼くのではなく、型を押し当てて物理的に形を写す——原理としては驚くほど単純です。2023年10月に発売されたFPA-1200NZ2Cが、その実用機です。

項目 仕様
解像度 最小線幅14nm(ロジック5nm世代相当)。マスク改良で10nmレベルも期待
重ね合わせ精度 ≦4nm
画面サイズ 26×33mm
マスクサイズ 6インチ
ウエハーサイズ 300mm(12インチ)
装置サイズ (W)2700 ×(D)6600 ×(H)2830 mm

EUVと比べた利点

  • 工程数が減らせる——EUVでも微細パターンは多重露光が必要になるが、NILは型で一度に写せる
  • 消費電力が10分の1とされる——EUVは光源で大量の電力を使う(EUVの記事参照)
  • 装置構成が単純——多数のミラーで構成される反射光学系が不要

課題

型をウェハーに直接押し付けるため、欠陥と型の摩耗がそのまま歩留まりに響きます。非接触の光露光にはない難しさです。またスループットも、量産で広く使われるかを左右します。

開発はキオクシアホールディングス・大日本印刷との共同で進められ、キオクシアがNAND型フラッシュメモリへの適用を検討しています。ロジックの最先端ではなく、まずメモリで実績を作るという順序です。

2026年の反攻 — KrF刷新とArFドライ

ナノインプリントが将来の一手だとすれば、足元では既存世代での巻き返しが進んでいます。

製品 内容
KrF露光装置(新機種) 14年ぶりの刷新。ウエハー処理速度を毎時310枚→400枚へ。台数シェアを約3割から5割以上へ引き上げる狙い
ArFドライ露光装置 準先端世代のパワー半導体向けなどに提供

KrFは3D NANDの製造で大量に使われる世代です。NANDの投資が動けば、KrFの需要も動きます。処理速度3割向上という改良は、そこを取りにいく手です。

露光装置そのものの動作原理は露光装置の処理シーケンスで1動作ずつ解説しています。

キヤノングループの半導体装置

キヤノン本体以外にも、グループには装置メーカーがあります。

会社 製品 領域
キヤノンアネルバ スパッタリング装置 前工程(成膜)
キヤノンマシナリー ダイボンダ 後工程(実装)

スパッタリング装置は配線や電極の金属膜を作る装置で、クラスタ型で世界を握るアプライドマテリアルズに、日本のアルバックやキヤノンアネルバが続く構図です。ダイボンダではキヤノンマシナリーがパワー・LED・特殊用途に強みを持ちます。

露光装置だけを見ていると見落としますが、グループ全体では前工程から後工程まで面を張っています。

✍️ ひとこと

EUVを作らないキヤノンが、i線で台数シェア約8割を持ち、先端パッケージやナノインプリントでも存在感を保っている。調べていて印象に残ったのは、「最先端ではない」市場の大きさでした。

先頭を走ることだけが勝ち方ではない。自分の居場所を見つけ直した会社の粘り強さが、3つの領域に表れていると思います。

— semisouchi.com 編集室

よくある質問

Q. キヤノンはEUV露光装置を作っていますか?

A. 作っていません。EUV露光装置を製造できるのはオランダのASML1社のみです。キヤノンはi線・KrF・ArFといった既存世代と、ナノインプリントという別方式に注力しています。

Q. キヤノンは露光装置で撤退したのですか?

A. していません。i線露光装置では台数シェア約8割、KrFでも3割弱を持ち、先端パッケージング向けでも強い位置にあります。2026年にはKrFの新機種とArFドライ装置の投入も予定されています。

Q. ナノインプリントはEUVを置き換えますか?

A. 現時点では「置き換える」より「別の選択肢」と捉えるのが実態に近いでしょう。工程数と消費電力で優位がある一方、型を直接押し当てる方式ゆえの欠陥・摩耗・スループットという課題があります。まずキオクシアがNAND向けの適用を検討している段階です。

Q. なぜ古いi線装置がいまも売れるのですか?

A. 半導体のすべてが最先端である必要がないからです。パワー半導体・アナログIC・センサー・MEMSなど、数µm〜サブµmで十分な製品は膨大にあり、装置価格も維持費も安く済みます。

Q. 先端パッケージングの露光は前工程と何が違うのですか?

A. 求められる方向が逆です。前工程は「とにかく細く(数nm)」、先端パッケージングは「とにかく広く(100×100mm)」。チップの大型化・多チップ化が進むほど、1回に焼ける面積が重要になります。

まとめ

  • キヤノンはEUVには参入していないが、露光装置から撤退したわけではない
  • i線露光装置で台数シェア約8割。パワー半導体・アナログ・センサーなど「最先端でない」巨大市場を押さえている
  • 先端パッケージング向けでは100×100mmの超広画角(解像力0.8µm)。AI半導体のインターポーザ・再配線層で強い
  • ナノインプリント(FPA-1200NZ2C)は型を押し当てる方式。最小線幅14nm・重ね合わせ精度≦4nm、消費電力はEUV比10分の1とされる
  • 課題は欠陥・型の摩耗・スループット。キオクシア・大日本印刷と共同開発し、まずNANDでの適用を検討
  • 2026年にKrF新機種(毎時310→400枚、シェア3割→5割以上を狙う)とArFドライ装置を投入
  • グループにはキヤノンアネルバ(スパッタ)とキヤノンマシナリー(ダイボンダ)もある

同じ「最先端から外れた後に居場所を作った」構造は荏原製作所やディスコにも通じます。日本勢の全体像は日本の半導体製造装置メーカー一覧、売上順位は装置メーカー世界ランキングをご覧ください。

同じく露光装置を手がけるニコンの現在地はニコンとは?ArF液浸で粘る元王者とASML互換・マスクレスという次の一手で解説しています。

出典: キヤノン「FPA-1200NZ2C」製品ページ(解像度・重ね合わせ精度・装置サイズ・ナノインプリントの原理)/キヤノン「半導体デバイスの3次元技術に寄与する後工程向けi線半導体露光装置を発売」(100×100mmの超広画角・解像力0.8µm)/キヤノン「FPA-5520iV LFオプションを発売」/日経クロステック「キヤノンが半導体露光装置を再加速」(i線8割・KrF3割弱の台数シェア、先端パッケージング向け市場)/EE Times Japan「キヤノン、ナノインプリント半導体製造装置を出荷」/日経クロステック「キヤノン『NAND不足に商機』、新型KrF露光装置で狙うASML超え」(KrF14年ぶり刷新・毎時310→400枚・シェア目標)