傾斜SEM(Tilt SEM)とは?高さを測る原理とアスペクト比の壁
電子顕微鏡でウェハーを観察するとき、通常は真上から電子ビームを当てます。
ところがこの向きには、決定的な弱点があります。高さの情報が失われるのです。
そこで登場するのが、傾けて見るという発想です。ただし「斜めから見れば立体が分かる」という単純な話では終わりません。穴が深いほど、傾けられなくなります。
この記事では、なぜ傾ける必要があるのか、どこまで傾けられるのかを幾何学から解説します。寸法を測る装置はCD-SEM(測長SEM)とは?で扱っています。
真上から見ると失われるもの
SEMの像は、上から見た平面の情報です。ここに根本的な限界があります。
たとえば、断面が次のように違う2つの穴を考えてみます。
| 穴の形 | 上から見た姿 |
|---|---|
| まっすぐな円柱 | 円 |
| 下へ細くなるテーパー | 円 |
| 途中がふくらんだ形 | 円 |
いずれも上から見れば同じ円に見えます。入口の直径が同じなら、区別がつきません。
しかし加工の良し悪しを判断するには、この違いこそが重要です。エッチングで狙いどおりに垂直な穴が開いているのか、途中で細くなっているのか——上からの像では答えられません。
影の付き方や信号の強さから、ある程度は推測できます。しかし推測は推測です。形そのものを見たいなら、視点を変えるしかありません。
傾けて見る|2つの方式
視点を変える方法は2つあります。
| 方式 | やり方 | 特徴 |
|---|---|---|
| 試料傾斜 | ウェハーを載せた台を傾ける | 大きく傾けられる。時間がかかる |
| ビーム傾斜 | 電子ビームの軌道を曲げる | 速い。傾けられる角度は小さい |
なぜウェハーを傾けないのか
量産ラインでは、試料を傾ける方式はあまり使われません。理由は現実的なものです。
- 重くて大きい:直径300mmのウェハーとステージを傾け、正確に止めるには時間がかかる
- 焦点が変わる:傾ければ観察面の高さが変わり、ピントを合わせ直す必要がある
- 位置がずれる:傾斜によって視野が移動し、狙った場所を見失う
- 時間がかかる:1日に何百点も測る装置で、1点ごとに機械を動かしていられない
そこでウェハーは水平のまま、電子ビームのほうを曲げる方式が使われます。電子は電荷を持つので、電場や磁場で軌道を曲げられます。機械を動かさないため、切り替えが速いのが利点です。
ただし大きく曲げると像がゆがみます。実用的に使える傾斜角は、せいぜい数度から十数度にとどまります。この制約が、後で効いてきます。
ステレオ視|視差から高さを求める
傾けた像が撮れると、高さを計算できるようになります。人が両目で立体を把握するのと同じ原理です。
同じ場所を+θ と −θ の2方向から撮ると、高さのある部分は像の中で位置がずれます。このずれ(視差)を d、傾斜角を θ とすると、高さ h は次の関係になります。
d = 2h sin θ
これを高さについて解きます。
h = d ÷ (2 sin θ)
実際に計算してみる
傾斜角を5度、観測された視差を100ナノメートルとします。
- sin 5° = 約0.0872
- 2 × 0.0872 = 0.1744
- h = 100 ÷ 0.1744 = 約574 ナノメートル
100ナノメートルのずれから、574ナノメートルの高さが求まりました。わずかな傾きでも、高さは像のずれとして現れます。
ここで重要なのは、θ が小さいほど視差も小さくなるという関係です。同じ高さでも、傾斜角が小さければ、ずれはわずかにしかなりません。
傾斜角のジレンマ|深い穴ほど傾けられない
ここがこの技術の核心です。
深い穴を斜めから覗くことを想像してください。少し傾けただけで、手前の壁が邪魔をして底が見えなくなります。
底が見える限界の角度
穴の直径を D、深さを H とします。斜めから見て底の縁まで視線が通るのは、次の条件を満たすときです。
tan θ = D ÷ H
ここで アスペクト比 A = H ÷ D(深さが直径の何倍か)を使うと、こう書けます。
θ最大 = arctan(1 ÷ A)
計算した結果が次の表です。
| アスペクト比 | 形のイメージ | 底が見える最大の傾斜角 |
|---|---|---|
| 1 | 浅い凹み | 45° |
| 5 | やや深い穴 | 約11.3° |
| 10 | 深い穴 | 約5.7° |
| 20 | かなり深い穴 | 約2.9° |
| 50 | TSVや3D NANDの深穴 | 約1.1° |
アスペクト比50の穴では、1.1度しか傾けられません。それ以上傾ければ、底は手前の壁の陰に隠れます。
二重の壁になる
ここで先ほどの式を思い出してください。視差は d = 2h sin θ でした。傾斜角が小さければ、視差も小さくなります。
アスペクト比50の穴で、高さ100ナノメートルの段差を測る場合を計算します。
- θ = 1.1° のとき sin θ = 約0.0200
- d = 2 × 100 × 0.0200 = 約4 ナノメートル
100ナノメートルの高さが、わずか4ナノメートルのずれとしてしか現れません。これはSEMの分解能に迫る値で、ノイズと区別するのが難しくなります。
つまり深い構造では、次の2つが同時に襲ってきます。
- 傾けられない(底が見えなくなる)
- 傾けても分からない(視差が小さすぎる)
深くなるほど、傾斜観察は効かなくなる。これは装置の性能ではなく、幾何学が決めている限界です。
それでも傾ける価値がある場面
では傾斜観察は無力かというと、そうではありません。アスペクト比が高すぎない構造では、大きな威力を発揮します。
| 見たいもの | 傾斜で分かること |
|---|---|
| 側壁の角度 | 垂直に加工できているか、テーパーが付いていないか |
| 段差の高さ | 膜の厚みや彫り込みの深さ |
| 裾の広がり | 根元に残った材料(フッティング) |
| えぐれ | 横方向に削れた部分(アンダーカット) |
| パターンの倒れ | 細い柱が傾いていないか |
とくにレジストパターンの倒れは、上から見ても分かりにくい典型です。倒れかけたパターンは、真上からでは正常に見えることがあります。
またアンダーカット——入口より内側が広がった形——は、上からの像では原理的に見えません。入口の縁に隠れるためです。
3D構造が傾斜観察を必要にした
この技術の重要性が増した背景には、デバイスの立体化があります。
かつての半導体は、平面に回路を描くものでした。測るべきは線幅、つまり長さです。
ところが構造が立体になると、事情が変わります。
- 立体的なトランジスタでは、高さと側壁の垂直性が特性を決める
- 積層メモリでは、深い穴が上から下まで同じ太さかが問われる
- 先端パッケージでは、貫通電極の側壁品質が接続の信頼性を左右する
「線幅を測る」から「形を測る」へ——測定の対象そのものが変わりました。傾斜観察は、その要求に応える手段のひとつです。
傾けても届かないとき
幾何学の壁にぶつかったら、別の手を使うしかありません。
| 手法 | やること | 代償 |
|---|---|---|
| 傾斜観察 | 斜めから見る | 深い構造に弱い |
| 断面観察 | 切って断面を直接見る | 試料が壊れる |
| 光学的な測定 | 反射光の特性から形を推定する | モデルに依存する |
| X線を使う手法 | 透過や散乱から内部を推定する | 時間がかかる |
断面観察は最も確実です。集束イオンビームで削って断面を出し、そこをSEMで見れば形が直接分かります。
ただしそのウェハーは製品にできません。1枚を犠牲にして情報を得る手法であり、量産ラインで全数に適用することはできません。
だから現場では使い分けます。壊さずに測れる範囲は傾斜観察などで日常的に監視し、どうしても分からないときだけ断面を見る。工程内で測る考え方はインライン検査とは?で解説しています。
断面を作って直接見る手法については断面SEMとは?で、試料作製の方法から詳しく解説しています。
SEM系装置のなかでの位置づけ
傾斜観察は独立した装置ではなく、SEMに搭載される機能として実装されるのが一般的です。
| 装置 | 主な目的 | 傾斜の使われ方 |
|---|---|---|
| CD-SEM | 寸法を測る | 側壁角度や高さの計測に使う |
| レビューSEM | 欠陥の正体を見る | 立体的な欠陥の把握に使う |
SEM系の装置を手がける企業には、日立ハイテクやアプライドマテリアルズがあります。アドバンテストも測長SEMと欠陥レビューSEMを持ち、同社の場合はフォトマスク上のパターンや欠陥を対象とすると説明しています。
同じSEM技術でも、ウェハーを見るのかマスクを見るのかで製品が分かれます。工程別の企業配置は工程別・世界シェアまとめをご覧ください。
計算していて印象的だったのは、アスペクト比50の穴では1.1度しか傾けられないという結果でした。装置を良くしても、この壁は動きません。
そして傾けられないほど、高さの手がかりも小さくなる。見たいものほど見えにくくなるという構造が、幾何学から素直に出てくる。厳しいけれど、筋の通った話だと感じました。
— semisouchi.com 編集室
よくある質問
なぜ真上からの観察では足りないのですか?
上からの像は平面の情報であり、高さが分からないためです。まっすぐな穴もテーパーの付いた穴も、入口の直径が同じなら同じ円に見えてしまいます。
ウェハーを傾けずにビームを傾けるのはなぜですか?
300mmウェハーとステージを傾けて正確に止めるには時間がかかり、焦点や視野もずれるためです。電子ビームは電場や磁場で軌道を曲げられるため、機械を動かさずに素早く切り替えられます。
どのくらい傾けられるのですか?
ビーム傾斜では像のゆがみが増えるため、実用的には数度から十数度程度です。さらに深い穴では、底が手前の壁に隠れるため、それより小さい角度に制限されます。
アスペクト比が高いと何が問題ですか?
底が見える最大の傾斜角が arctan(1÷アスペクト比) に制限されます。アスペクト比50なら約1.1度です。しかも傾斜角が小さいと視差も小さくなり、高さの検出そのものが難しくなります。
断面観察との使い分けは?
断面観察は確実ですが試料を壊すため、量産ラインで全数に適用できません。壊さずに測れる範囲を傾斜観察などで日常的に監視し、必要なときだけ断面を確認する運用が一般的です。
まとめ
- 真上からのSEM像は平面情報であり、高さや側壁の形が分からない。円柱の穴とテーパーの穴は同じ円に見える
- 視点を変える方法には試料傾斜とビーム傾斜があり、量産ではビームを曲げる方式が使われる
- ウェハーを傾けない理由は、重量・焦点のずれ・視野の移動・時間の4点
- ±θ の2方向から撮ると、視差 d = 2h sin θ の関係から高さが求まる。傾斜5度・視差100nmなら高さ約574nm
- 底が見える最大傾斜角は arctan(1÷アスペクト比)。アスペクト比50では約1.1度しか傾けられない
- しかも傾斜角が小さいと視差も小さい。アスペクト比50では高さ100nmが視差わずか4nmにしかならない
- 深いほど傾けられず、傾けられないほど分からない。装置性能ではなく幾何学が決めた限界である
- 側壁角度、段差、フッティング、アンダーカット、パターンの倒れなどには有効に働く
- 幾何学の壁を越えるには断面観察が確実だが、試料を壊すため全数には使えない
寸法測定の装置はCD-SEMとは?、欠陥の観察はレビューSEMとは?で解説しています。
参考・出典
- アドバンテスト「測長SEM/欠陥レビューSEM」
- Applied Materials「Accelerates Chip Defect Review with Next-Gen eBeam System」
- SEAJ「半導体製造装置分類表」
※本文中の傾斜角・視差・アスペクト比に関する数値は、記載した式にもとづく計算例です。実際の装置仕様や測定条件によって値は異なります。