ニッパツ(日本発条)と半導体製造装置の関係とは?ばね大手が装置部品に60億円投資する理由
【2026年8月8日報道】ばね大手のニッパツ(日本発条)が、半導体製造装置向け部品を増産するため、伊勢原工場(神奈川県伊勢原市)と宮田工場(長野県宮田村)に計約60億円を投資すると報じられました(神奈川新聞)。背景にあるのは、生成AIの普及とデータセンター投資による半導体製造装置の需要拡大です。
「ばねの会社が、なぜ半導体製造装置?」と不思議に思った方も多いはずです。実はニッパツは、成膜装置やエッチング装置の内部で使われる温度制御部品の有力サプライヤーとして、装置業界で着実に存在感を高めてきました。本記事では、ニッパツがどんな会社で、半導体製造装置の「どこ」を作っているのか、なぜばね屋が半導体で強いのかをわかりやすく解説します。
ニッパツ(日本発条)とはどんな会社?
ニッパツは1939年創業の日本最大のばねメーカーです。正式社名は日本発条株式会社(東証プライム: 5991)、本社は横浜市金沢区にあります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式社名 | 日本発条株式会社(ニッパツ) |
| 本社 | 横浜市金沢区 |
| 上場 | 東証プライム(証券コード: 5991) |
| 主力事業 | 自動車用の懸架ばね(サスペンションスプリング)・シート、精密ばね、HDD用サスペンション、産業機器など |
| 半導体との接点 | 産業機器事業の中の半導体プロセス部品(装置向け温度制御部品など) |
自動車の懸架ばねで世界トップクラス、ハードディスク(HDD)の磁気ヘッドを支える「HDD用サスペンション」でも世界有数のシェアを持つ、「精密な金属加工」の会社です。この精密加工・異種材料の接合・表面処理といった技術の蓄積が、半導体製造装置部品への展開の土台になっています。
何を作っている? 半導体製造装置の「温度を制御する部品」
ニッパツが手がける半導体プロセス部品の代表格は、次の2つです(日刊工業新聞の報道より)。
① 成膜装置用「マルチゾーン制御ステージヒータ」
成膜装置(CVDなど)の内部で、ウェハーを載せて加熱する台がステージヒータです。成膜の品質はウェハー温度に大きく左右され、面内の温度が数℃ずれるだけで膜の厚さが不均一になります。「マルチゾーン制御」とは、ヒータ面を複数の領域に分けてそれぞれ独立に温度制御する方式のことで、300mmウェハーの端から端まで温度を揃えるための技術です。金属とセラミックスを組み合わせた精密な構造が必要で、ニッパツの接合技術が活きる製品です。
② エッチング装置用「溶射付冷却板」
エッチング装置の内部はプラズマの熱にさらされるため、部品を安定した温度に保つ冷却板が欠かせません。表面に溶射(金属やセラミックスの粉末を吹き付けてコーティングする加工)を施すことで、プラズマや腐食性ガスへの耐性と冷却性能を両立させています。温度が安定しないとエッチングの寸法精度が乱れるため、これも「地味だが装置の性能を左右する」重要部品です。
成膜とエッチングは、半導体前工程の中でも繰り返し回数が多い中核工程です。それぞれの装置の仕組みは、以下の記事で詳しく解説しています。
→ 成膜装置とは?CVD・PVD・ALDの違いと世界シェア
→ エッチング装置とは?ドライとウェットの違い・仕組み・世界シェア
なぜ「ばねの会社」が半導体部品で強いのか
一見遠い分野に見えますが、技術的には地続きです。
- 精密金属加工: ばねは「設計どおりの力を出す金属部品」を大量に、ばらつきなく作る事業です。ミクロン単位の precision が要求されるHDD用サスペンションで培った精密加工技術は、半導体部品の要求水準とよく合います。
- 異種材料の接合技術: ステージヒータのような部品は、金属・セラミックス・ヒータ線など性質の違う材料を強固に接合して作ります。熱膨張率の違う材料を確実に接合する技術は、ばね・精密部品事業で長年蓄積してきた領域です。
- 表面処理・溶射: 過酷な環境で使われる部品の表面を守る技術も、産業機器事業で培ったものです。
装置メーカーの立場から見ると、こうした部品は「壊れたら装置が止まる」「品質が悪いと歩留まりが落ちる」急所であり、信頼できるサプライヤーから安定調達したい領域です。参入障壁が高く、一度採用されると長く使われ続ける、堅実なビジネスといえます。
投資の歴史 — 2019年の新工場から今回の60億円まで
ニッパツの半導体プロセス部品事業は、投資の積み重ねで段階的に拡大してきました。
| 時期 | 投資内容 |
|---|---|
| 2019年 | 半導体需要の拡大を受け、約80億円を投じて宮田工場(長野県)を新設。以降フル稼働が続く |
| その後 | 約100億円を投じて宮田工場を増強、新生産棟も建設。半導体装置向け部品の売上高を2020年度の約100億円から300億円規模へ約3倍にする目標を掲げる(日刊工業新聞) |
| 2026年8月 | 伊勢原工場と宮田工場に計約60億円を追加投資。生成AI・データセンター投資による装置需要の拡大に対応(神奈川新聞) |
今回の投資で注目したいのは、生産拠点が長野の宮田工場だけでなく神奈川県の伊勢原工場にも広がった点です。AIブームによる装置需要は一過性でなく中期的に続くという判断が、複数拠点への継続投資から読み取れます。
装置業界の中での位置づけ — 「装置メーカーを支える層」
半導体製造装置の業界は、東京エレクトロンやApplied Materialsのような装置メーカーだけで成り立っているわけではありません。その下には、ステージヒータ・静電チャック・真空部品・石英部品・溶射加工などを供給する部品・材料サプライヤーの分厚い層があり、日本企業が特に強い領域です。
ニッパツはこの層の中で「温度制御まわりの精密部品」に強みを持つ一社です。装置メーカーの出荷が伸びれば部品需要も伸び、さらに装置の稼働が続く限り交換・保守部品の需要も生まれます。装置業界全体の構図は、以下の記事が参考になります。
→ 半導体製造装置メーカー世界ランキング2026
→ 半導体製造装置とは?種類と役割を工程順にわかりやすく解説
ニッパツだけではない — 装置を支える日本の部品サプライヤーたち
半導体製造装置の内部をのぞくと、ニッパツのような「特定部品に強い日本企業」が各所に存在します。代表的な領域を挙げると次のとおりです。
| 部品・加工の領域 | 代表的な日本企業 | 役割 |
|---|---|---|
| 温度制御部品(ヒータ・冷却板) | ニッパツなど | 成膜・エッチングの温度安定化 |
| 静電チャック(ESC) | 新光電気工業、TOTO、NTKセラテックなど | ウェハーを静電気で吸着・保持 |
| 溶射・表面処理加工 | トーカロなど | チャンバー内部品の耐プラズマコーティング |
| 石英・セラミックス部品 | 東ソー系、フェローテックなど | チャンバー内の治具・炉心管など |
| 真空ポンプ | 荏原製作所、アルバックなど | プロセスチャンバーの真空維持 |
これらはいずれも「装置の性能と稼働率を左右するのに、外からは見えない」部品です。装置1台には数千点の部品が使われ、多くが定期交換を必要とする消耗品でもあるため、装置の販売台数だけでなく稼働台数の蓄積に比例して伸びるという息の長い商売になります。AIブームで装置投資が伸びる局面では、この「見えない層」に幅広く恩恵が波及します。ニッパツの60億円投資は、その波及の分かりやすい実例といえるでしょう。
調べていて印象に残ったのは、ニッパツの半導体事業が「ばね屋の余技」ではなく、精密加工と接合という本業の技術をまっすぐ延ばした先にあることです。
派手な装置メーカーの陰で、温度を1℃単位で支える部品会社が日本の装置産業の土台になっています。AIブームの恩恵は、こうした会社にも確実に届いているのですね。
— semisouchi.com 編集室
よくある質問
Q. ニッパツは半導体製造装置メーカーなのですか?
A. いいえ。装置そのものではなく、成膜装置やエッチング装置の内部で使われる部品(ステージヒータ・冷却板など)を装置メーカーに供給するサプライヤーです。
Q. ニッパツの半導体部品はどの工程で使われますか?
A. 主に前工程の成膜(CVDなど)とドライエッチングです。どちらもウェハーの温度管理が品質を左右する工程で、ニッパツの温度制御部品が活躍します。
Q. 半導体事業は会社全体のどれくらいの規模ですか?
A. ニッパツの本業は自動車向けの懸架ばね・シートで、半導体装置向け部品は産業機器事業の一部です。売上高は2020年度時点で約100億円、これを300億円規模へ拡大する目標が報じられています。全社に占める比率はまだ小さいものの、成長率の高い注目事業です。
Q. 株式投資の対象として見る場合の注意点は?
A. 証券コード5991で東証プライムに上場していますが、業績の主体はあくまで自動車部品です。半導体関連の材料だけで判断せず、自動車市場の動向とあわせて見る必要があります(本記事は投資助言ではありません)。
まとめ
- ニッパツ(日本発条)は伊勢原・宮田の両工場に計約60億円を投資し、半導体製造装置向け部品を増産する(2026年8月報道)
- 主力製品は成膜装置用マルチゾーン制御ステージヒータとエッチング装置用溶射付冷却板 — 装置の「温度」を支える精密部品
- 強みの源泉は、ばね・HDDサスペンションで培った精密加工・異種材料接合・表面処理技術
- 2019年の宮田工場新設(約80億円)以来投資を重ね、半導体装置向け売上を約100億円から300億円規模へ拡大する目標
- 装置メーカーを支える部品サプライヤー層は日本の強みであり、AI・データセンター投資の恩恵が波及している
出典: 神奈川新聞「ニッパツ、半導体製造装置向け部品を増産」(2026年8月8日)/ニュースイッチ(日刊工業新聞)「100億円で半導体装置向けの部品生産を倍増するニッパツの狙い」/ニッパツ公式サイト