パワーモジュールの封止工程を完全解説|シリコーンゲル封止とフルモールドの使い分け
モールド装置のシーケンス解説では、エポキシ樹脂を金型で流し込むトランスファー成形——ICパッケージの封止——を見ました。ところが半導体の世界には、もうひとつの封止の流儀があります。金型も使わず、固い樹脂でもなく、プリンのように柔らかいシリコーンゲルを流し込んで固める「ゲル封止」。主戦場は、電車や産業機器、EVを動かすパワーモジュールです。
なぜパワー半導体は「柔らかい封止」を選んだのか。この記事では、ケース型パワーモジュールの封止工程を順に追いながら、ゲル封止とフルモールド(樹脂封止)の使い分けを解説します(パワー半導体の製造装置全般はこちらの記事)。
前提 — パワーモジュールの封止は「絶縁」との戦い
ICパッケージの封止が守るのは、主に湿気と機械的衝撃からの保護でした。パワーモジュールにはさらに重い任務が加わります。数百〜数千ボルトの高電圧に耐える絶縁です。端子間やワイヤ間の空間で放電が起きればモジュールは即死。封止材は「詰め物」ではなく、絶縁システムの主要部品なのです。しかも大電流による発熱と冷却が繰り返され、部材は膨張と収縮を何十万回も繰り返す——この過酷さが、封止の設計思想を決めます。
ケース型モジュールの封止シーケンス
ステップ①: 組立の下地 — はんだ付けとワイヤボンディング
セラミック絶縁基板(DCB/AMB)にパワーチップをはんだや焼結銀で接合し(接合材の流儀はダイボンダ編参照)、太いアルミワイヤで配線します。ICの金線(直径十数μm)に対し、大電流を流すパワー用は直径数百μmのアルミ線——ワイヤボンディングの原理は同じでも(ワイヤボンダ編)、常温の超音波接合で太線をつぶす別世界です。
ステップ②: ケース接着 — 「器」を作る
配線の済んだ基板は、ベース板ごと樹脂ケースに収められ、接着・端子接続されます。トランスファー成形が「金型が器を兼ねる」のに対し、ゲル封止では製品自身のケースが器。金型が不要なので、多品種少量で大型のモジュールに向きます。
ステップ③: ゲルの準備 — 2液を混ぜ、泡を抜く
シリコーンゲルは主剤と硬化剤の2液を混合して使います。ここで最初の敵が現れます——気泡です。混合で巻き込んだ泡をそのまま注げば、封止の中に空隙が残る。だから注入前に真空脱泡で泡を抜き、材料の可使時間(混ぜたら硬化が始まる持ち時間)と競走しながら次へ進みます。モールド編のEMCタブレットが「生もの」だったように、ゲルもまた時間と戦う材料です。
ステップ④: 注入 — 真空の中で、静かに満たす
脱泡したゲルをケースに注ぎます。高信頼品ではチャンバー内を真空にして注入し、ワイヤの隙間や基板の凹凸の奥に空気が閉じ込められるのを根本から防ぎます。大気中で注いでから真空引きで泡を浮かせる方式もあり、いずれにせよ狙いはただ一つ——「泡ゼロ」です。
なぜそこまで泡を嫌うのか。高電圧下では、封止材中の小さな気泡に電界が集中し、泡の中だけで小規模な放電(部分放電)が起きるからです。部分放電は封止材をじわじわ侵食し、年単位の時間をかけて絶縁破壊への道を掘り進めます。つまり気泡は「いつか爆発する時限装置」。モールド編のボイドが吸湿・クラックの火種だったのに対し、ゲル封止のボイドは絶縁寿命の火種なのです。
ステップ⑤: 硬化と仕上げ — プリンに固めて、蓋をする
注入後はオーブンで加熱硬化。ただし「固める」といっても、出来上がりは指で押せばへこむプリン状です。硬化後は蓋を接着し、端子加工を経て完成へ。最後の関門は絶縁耐圧試験と部分放電試験——規定電圧をかけ、微小な放電の兆候がないかを電気的に聴診します。封止の出来は、外観ではなく「放電の静けさ」で判定されるのです。
なぜ「柔らかい」が正義なのか
ゲル封止の本質は、柔らかさそのものにあります。
- 応力をかけない: 温度サイクルで部材はそれぞれ違う率で伸縮します。固い樹脂で固めればその差が応力になってワイヤや接合部を攻めますが、プリン状のゲルは変形して受け流す。「固定しない」ことが信頼性になる
- 絶縁性能: シリコーンは絶縁耐力が高く、-40〜200℃級の広い温度範囲で特性が安定。SiCの高温動作にも追従できる
- リペア性: 硬化後もゲルを除去してワイヤを打ち直せる余地があり、大型・高価なモジュールでは修理可能性も利点になる
フルモールドとの使い分け — 車載で進む「固い封止」への回帰
一方、EVの主機インバータ向けなどでは、ケース+ゲルをやめてエポキシで直接固めるフルモールド(トランスファー成形)のパワーモジュールが増えています。固い樹脂は振動に強く、薄く作れて放熱設計の自由度が高く、金型量産の効率も抜群。応力の問題は、チップ表面の保護膜や接合材の進化(焼結銀など)で受け止める設計に変わりました。
大づかみの使い分けはこうです。
- ゲル封止(ケース型): 産業・鉄道・大容量。大型で多品種、修理性と長期絶縁を重視
- フルモールド: 車載など中容量・大量生産。小型軽量・耐振動・量産性を重視
「柔らかさで守る」か「固さで固めるか」——正解は用途が決めます。封止は地味な最終工程に見えて、モジュールの寿命と信頼性を左右する設計思想の分岐点なのです。
調べていて印象に残ったのは、「固定しないことが信頼性になる」という逆説です。しっかり固めるほど良さそうな封止で、あえてプリンの柔らかさを選ぶ——応力を受け流す設計は、建物の免震にも通じる発想でした。
泡ひとつが年単位の時限装置になる世界で、真空の中に静かにゲルを注ぐ。パワーモジュールの封止は「静けさを作り込む工程」だと思います。
— semisouchi.com 編集室
よくある質問
Q. ゲル封止とポッティングは違うものですか?
A. 広い意味では、ケースに液状樹脂を注いで固める方法全般をポッティングと呼び、シリコーンゲル封止はその一種です。硬いエポキシやウレタンで固めるポッティングもあり、「注いで固める」中でどれだけ柔らかく仕上げるかが用途で選ばれます。パワーモジュールでは応力緩和と絶縁のためシリコーンゲルが定番です。
Q. 部分放電とは何ですか?
A. 絶縁物の中の気泡など弱い部分だけで起きる局所的な微小放電です。1回では壊れませんが、繰り返されると絶縁材料を徐々に分解・侵食し、最終的に貫通破壊(絶縁破壊)に至ります。パワーモジュールの出荷検査では、規定電圧下で部分放電量が閾値以下であることが確認されます。
Q. ゲルは経年で劣化しないのですか?
A. シリコーンゲルは耐熱・耐候性に優れますが、長期の高温や温度サイクルでひび(クラック)や剥離が生じれば、そこが放電経路になり得ます。動作温度がさらに高いSiC時代に向けて、より耐熱性の高いゲルや硬めの封止材の開発が続いています。
Q. なぜ車載はフルモールドに向かうのですか?
A. 振動・衝撃への強さ、小型軽量化、両面冷却など放熱設計の自由度、そして金型による大量生産性が、車載の要求と噛み合うためです。ケース・ゲル・蓋の部品と工程を省ける組立コストの利点も大きく、中容量帯ではモールド型が主流になりつつあります。
まとめ
- パワーモジュールの封止は絶縁システムの一部。数百V超の電圧と温度サイクルに耐えるのが任務
- ケース型の工程ははんだ/焼結接合→太線ワイヤ→ケース接着→2液混合・真空脱泡→真空注入→硬化→部分放電試験
- 最大の敵は気泡——部分放電の起点となり、年単位で絶縁を侵食する「時限装置」。だから脱泡と真空注入に徹底的にこだわる
- ゲルの本質は「固定しないことが信頼性になる」応力の受け流し。プリンの柔らかさが接合部とワイヤを守る
- 車載ではフルモールドへの回帰が進行。「柔らかさで守る」ゲルと「固さで固める」モールドを用途が使い分ける
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